不要なものだと気が付く瞬間

やたらと何枚もある靴下やハンカチ

せいぜい使うのは決まって2~3枚

残りは?

捨てるのは、もったいない

そのうち使うときが必ずくるからその時まで大事に置いておこう。

こんな気持ちが強くて不要なことに全く気が付かない。

言い換えると、見えていない。

見ているけど見えていない。

 

断捨離は、エネルギーを使います。

物を捨てるのかを判断するエネルギー。

簡単なようで難しい。

自分が出した答えがあっているのかわからないから。

余計に迷う。

だれか「捨てていいんだよ!」って背中を押してくれたらいいのに

でも、答えは自分で出さないといけない

ユーチューブで断捨離の動画を見ながら勢いで捨てたり

 

 

そんなことを繰り返していく

ある時、捨てる対象でないものが不要なものだと気が付く瞬間がふと訪れてきました。

感覚。

 

それに気が付くと、目の前のスクリーンがパット変わりました。

今まで見えなかったものが不用品に見えてくる瞬間。

とても不思議でした。

何年かかったかな(笑)

少なくとも3~4年?

かかりすぎ( ´∀` )

 

そうすると、いろんな疑問がわいてきて

✔そもそも、なんで、使わないのに収納しているの?

✔使うときっていつ来るの?

 

 

物には

使えば使うほど美しくなる経年美化なものと

使えば使うほどボロになる経年劣化になるもの。

使わなくても置いているだけでボロになるものがあります。

 

何年も使わないで大切にしまっていたものが美しくなる時は来るの?

ボロになるのを待っているの?

ボロになれば悩まなくても捨てることができる。

 

いつの間にかに「ものを捨てる」ことにたいしての判断基準が変化していることに気が付きました。

 

そして、もう一つ気が付いたことは

使っていないものを、使わないといけないという使命感に対するストレスを感じていたこと。

 

例えば

冷蔵庫や冷凍室にずっと入っている食材。

食べたいと思えない食材を無理に食べるときの気持ち。

食べたいけど、食べるのがもったいないと思いながら食べるときの気持ち。

どっちが大切?

食べないといけないと思って食べるのか

食べたいと思って食べるのか

心や体に与える影響は、大きい。

冷凍焼けした食材を処分したとき

ずっと冷蔵庫の中にある乾物。

まだ、食べられるけど食べたくない食材を処分したとき。

自分の心がすごく軽くなった感覚を今でもはっきり覚えています。

捨てていいのだ!

そのことに気が付いてからは

新鮮なうちに食べるように毎朝、冷蔵の中をチェックするようになりました。

 

 

食べ物は、賞味期限がはっきりわかるので捨てやすい。

でも、物には賞味期限の表示がありません。

物の期限は、自分の心に問いかけないとわかりません。

 

 

 

物と向き合い始めたころを振り返ると、物の本質が何も見えていませんでした。

 

何度も繰り返すことでわかる感覚をこれからも大切にしていきたいと思います。





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